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あまり明るくはないであろう音楽の近未来展望

音楽

昨年末に書いたDSD trio(井上鑑&山木秀夫&三沢またろう)のハイレゾ配信「成果篇」で予想以上に良いセールスであった事を報告しつつ、私は最後にこう書いていた。

ただ、「ハイレゾの普及でかつてのような音楽シーンの活況が戻ってくるのか?」というとそれはまたちょっと違う、と考えている。その辺は少し違った話題なのでまた改めて。

 これ、ハイレゾは私はちゃんと普及すると考えている。音楽制作現場で使われているフォーマットそのものをリスナーが聴く環境があり、ネット回線の高速化〜記憶媒体の大容量化(もしくはクラウド環境の充実)が伴うのなら、それをいちいち劣化させてリリースする理由は何も無く、それこそスマホでハイレゾを聴くのがあたり前になるのに5年はかからないだろうし、その頃には“ハイレゾ”なんて呼称も無くなっているだろう。

私が「かつてのような音楽シーンの活況は戻らない」と感ずるのは、もっと大きなリスナーの慣習の変化が理由の1つになっている。例えば先月以下のエントリーを興味深く読んだ。

つまり今の日本では、「イノベーターの消失」と「マジョリティの多様化」が同時進行しているのだ。どちらも、他者の評価がかんたんに分かることが原因で。

 これ、音楽においても当てはまる事も多く、CD、配信問わずコンテンツ消費に少なからぬ影響を及ぼしていると思う。

例えば私自身を振り返っても、かつてはラジオ、雑誌のインタビューやレビュー記事で知った作品は“とりあえずタワーレコードやHMVへ出向いて買ってみる”しかなかった。それこそ使えるお金はすべてつぎ込んで。で、断片的な情報を元にした「興味」だけが根拠なので、買ってはみたものの結果ハズレがやたら多い(笑)。でもその中で巡り会う“最高の1枚”との出会いの前では8〜9割方のハズレを許容出来る感覚があったし、ハズレを多く知る事で自分の音楽的バックグラウンドが築かれるような充実感もあった。

それが今や情報を得るとまずはネットで検索。半分以上は何らかの形で音を聴けるし、YouTubeに全曲アップされているアルバムもあったりする。もしくはiTunes Storeで90秒ずつ全曲試聴し、レビューも一通り眺めてから購入を判断出来(半分以上は試聴して聴いた気になって終わる・・・)、ハズレを買う事はもはや無くなったと言える。

で、かつての“そこそこ良好なアルバムセールス”ってこうしたイノベーター&アーリーアダプターの“ハズレ買い”に支えられていた側面があって、「興味」や「期待」によってまずはモノが動く事から始まる展開も多かっただろう。賛否が分かれる“問題作”であってもそれらはまずは買われていたわけだ。

いや、別に「昔は良かった」なんて言うつもりは無く、むしろ今の方が効率的で時計の針が戻ってもらっても困るのだけど、まあ、とりあえず事実として。

あと、別のトピックとしてはSpotifyPandoraに代表され、国内でもMusic Unlimitedその他最近もLINE&エイベックス&ソニーサイバーエージェント&エイベックスなど続々と発表されるサブスクリプションサービスがあって、現状ではリスナーよりむしろITに詳しい先鋭的な業界関係者にこれらに期待する声が多いように見受けられる。shiosaiの様なアルバムセールスが「多くて数千枚」というスケールの場合、そこに売上げを期待する事は出来ないが、まあ、でもこういうクラウドにいつでもアクセスして気楽に多様な音楽を楽しめる環境は必ず受け入れられて行くと思う。

ただ、どうも我が国の音楽業界はこうしたいずれスタンダードに違いない取り組みにいちいち乗り遅れる傾向がある。

残念なことがあるとするなら、そのSpotifyが、待てど暮らせど日本にはやって来ないことだが、その何が残念かといえば、サーヴィスが使えないことよ りも何よりも、そうやって音楽(産業)の未来を考えるという、世界を巻き込んだ、ある意味壮大な取り組みから、日本社会全体がこぼれ落ちてしまっているこ とだ。

これには全く同意。日本の音楽業界のお偉方は、かつてコピーコントロールCDなんてやっていた頃とほとんど感覚が変わっていないらしく、貴重なチャレンジの機会をアーティスト、リスナー双方から奪う形になってしまっている。やがて受け入れざるを得ない事は分かり切っているのに(!)。こういうのはホント、どうにかして欲しいものだ。

音楽プロデューサーの山口哲一氏も元旦に強い危機感を表明されていた。

 私はまだまだ続く長い過渡期を、個々の工夫で渡って行くしかないだろうと思っているが、さてどうだろうか。何はともあれ2015年が良い年でありますように。